サクラ咲け!!41歳、妊活リスタート。

稽留流産からの再出発妊活日記。稽留流産の10ヵ月後、2度目の稽留流産を経験しました。スタート地点に出戻ること2回目。歳は42歳になって、再再出発しています。

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ごめんなさい、陣痛を甘くみてました・・。

 

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「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」「うう゛う゛う゛う゛う゛」。陣痛の大変さは、いろんな話を聞いていた。でも、自分は痛みに強い、そう思ってた。だから、ちょっとやそっとの痛みじゃ、驚かないって。それが・・・。夕方、なんとなく生理痛のように始まった陣痛は真夜中には激痛に。なんだろ、生理痛なんてレベルじゃない。声なんて絶対出さないって思ってたのに、気付いたら、もう、恐ろしい化け物みたいな声が、苦笑。「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」「うう゛う゛う゛う゛う゛」。自分でも、なんだ、このうめき声は、と思いながらも、止められなかった。で、気付いたら、痛みの波に合わせて、手すりについてるゴムの部分を、雑巾のように絞ってました。陣痛が3,4時間続いた頃でしょうか。助産師さんが、「子宮口4cmくらいまで開いてきましたよ。」って。おいおい、3cmが4cmになっただけかいっ。激痛と闘いながらも、思わずツッコミたかった。だって、10cm開かなきゃいけないのに、まだ4cmって。そんなこんなで、夜中3時頃だったかなぁ。子宮口が9cm開きましたーて言われたの。で、ここで当直のドクターが登場。おぉお、やっと陣痛との闘いもこれで終わりか。いよいよ出産か!!期待の高まる中、内診したドクターが言います。「うーーん、まだ胎児の頭の位置が高いなぁ」と。で、「もうちょっと下に降りてくるまで待ちましょう。」と。ええぇーーー、まだダメなの?! まだ、この痛みを堪えるのー?!泣きたい気持ちで、また「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」「うう゛う゛う゛う゛う゛」を続けます。。

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いよいよ、陣痛誘発剤の点滴開始!

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病院の朝は早い。朝7時になる前に、シャワーを浴びるように言われ、それからLDR室へ移動しました。LDRとは、Labor Delivery Recovery の略で、陣痛→分娩→回復 が同じ部屋でできる部屋のことです。前日のラミナリアの効果で、この時点で子宮口は3cm開いた状態。お産のためには、これが10cmまで開かないといけません。3cm開いた状態といっても、感覚的には痛くもかゆくもなく、普通どおり。この状態で、LDR室で、陣痛誘発剤の点滴が始まります。最初は、ゆっくり、少量から。ポタ、、ポタ。。点滴は進むけど、陣痛はいっこうにやってこず。。お昼頃、見舞いにやってきた母も、私の普段と変わらない様子をみて、拍子抜け。その後、助産師さんに、「陣痛を呼ぶために、運動しましょう!」と言われ、点滴を引きずって、LDR室の前の廊下でウォーキングを開始。助産師さんに、「さんちゃんは、フルマラソンとか出てるんですって?!」とすっかり調子に乗せられ、妙に張り切っちゃいました。足を高々と上げて廊下を何往復も。お部屋にバランスボールも用意されました。が、しかし、、夕方になっても体調は何も変わらず。主治医の先生は「この様子だと今晩は陣痛来ないようですね。では、また明日ー。」とここで退勤。刻々と時間だけが過ぎ、助産師さんに、このままだと、また「分娩待機室」に戻るように言われる。いやだ、あの他人の悲鳴が聞こえる大部屋には戻りたくないーーー。焦る。なんで、なんで陣痛来ないのーーーぉ、泣。そうこうしているうちに、仕事を終えた夫が登場。で、夫とともに、とうとう、やってきました。陣痛!!

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分娩待機室での眠れない夜

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「分娩待機室」という部屋は、ちゃんとした部屋じゃなくて、大部屋をパテーションで区切った簡易個室みたいなお部屋でした。隣のお部屋の声は丸聞こえ。不妊治療してた頃は採卵の後に休んでいたリカバリールームにちょっと似ています。あれを、もう少しだけ立派にした感じ。で、夕方そこに通されて、まずは、子宮口を広げるために、「ラミナリア」を膣から挿入する処置を受けました。イメージとしては、タンポンが何本もまとめて突っ込まれる感じです。稽留流産の手術を受けたときにも入れたので、どういうものかはわかってましたが、これ、結構、痛いです。1本、2本、と本数を重ねていくとズシン、ズシンと生理痛のような痛みが。8本、とカウントされるのを聞いたので、たぶん8本挿入されていたんだと思います。この状態で一晩過ごして、子宮口が少し開いた状態で翌朝から「陣痛誘発剤」の点滴が開始するので、この夜は、そのままここで就寝。いやー、この夜は眠れなかった。だって、すごいんですよ、パテーションの向こうから、「キャー、痛いー。痛いー!!!」って女性の大きな叫び声が聞こえてくるんです。陣痛の間隔が長かったり、陣痛が弱かったりする人は、こういう状態になると、晴れて、この分娩待機室からLDR室(陣痛から分娩、回復までおこなう部屋)に移れるということがわかりました。あぁ、、怖いなぁ、明日は私の番かー、どうなっちゃうんだろう、、って不安とともに夜を過ごしました。

 

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陣痛誘発のために入院

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た、た、大変でした~~~。もう、本当に本当に想定外の出来事の連続でした。ブログの更新もままならいほど、いろんなことがありまして。ようやく一段落したので、ちょっとずつ、時系列で報告させてください。まどろっこしいかもしれないけど、どうしても、この空白の期間に起きた出来事を詳細に伝えたくて。気長に読んでもらえたら嬉しいです。では、では、少し、さかのぼります・・。

出産予定日を6日超過した日のことでした。40週の妊婦健診へ行きました。

先生:「んー、まだまだ胎児の頭の位置がだいぶ高いなー。」

先生:「予定日を1週間超過すると、胎盤の機能が低下するから、よくないんですよー。」

先生:「じゃ、今日、入院しちゃいましょっか。陣痛誘発しましょう!」

さんちゃん:「えっっ?!今日?入院??」

先生:「あとね、無痛分娩。さんちゃんは、自然分娩希望だけど、自然分娩を希望する人のうち4割が、実際、あまりの痛さに耐えかねて、陣痛中に無痛を希望するんですよ。だからね、今日の午後、念のため『無痛分娩説明会』、これも受講しちゃって。」

さんちゃん:「あっ、、はいっ!」

大慌てで自宅へ戻り、入院グッズを取って、病院へトンボ帰り。ギリギリ、『無痛分娩説明会』の時間に間に合いました。『無痛分娩説明会』の内容は、ざっくり言うと、「痛みが怖いのもわかるし、妊婦さんがリラックスして出産に臨めるメリットはありますが、出来ることなら、医療の力に頼らずに頑張りましょう」と言っているように聞こえました。これがこの病院特有の方針なのか、他の病院でもそうなのかはわかりません。この時、私自身は、できることなら、自然分娩で産みたいと考えていました。

で、この後、早速、入院手続きをして、分娩待機室という部屋に通されます。

次の記事に続きます。。

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ひたすら待つ日々

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結婚したのが、今から約3年半前の40歳の頃。5歳年下の夫と結婚するその当初から、夫は何も言ってないのに、自分の年齢のせいで子供を授からなかったら申し訳ないという勝手なプレッシャーがあった。今、43歳。この3年半を思えば、なんてことのないはずの、この数日。でも、、長い。出産予定日の週になっても、お産の兆候は何もなく、ひたすら、その時を待つ毎日を過ごしています。日中は暑いから外出を避け、TVをつけたり、本を開いたり。でも、なんか落ち着かないんです。ひとの出産レポのブログを読んでみたり、思いついたようにスクワットしてみたり。これまでに経験したこたとのないような、不安と期待がないまぜになったような心境のまま、手持ち無沙汰な時間が続いています。皆さんはこの猛暑のなか、いかがお過ごしですか。体調を崩したりしていませんか?ずっとこのブログを読んでくださっている方々には、1日も早く吉報を届けたい気持ちでいっぱいです。次の記事では、良いご報告ができますように。。
 

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宮沢りえ45歳、不妊治療報道を見て

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45歳の彼女は、私よりひとつだけ年上。目尻のシワを美容整形で隠したりしない年相応の美しい人だと、どちらかと言えば好感を持っていた。その彼女の不妊治療の記事が目に留まった。前夫との間の子供がいても、再婚後の夫との子供が欲しいと願う気持ちは自然なことのように思ったから、そこまで驚きはなかった。ネット上の反応を見ると、「デリケートな問題だから、そっとしておいてあげたらいい」というコメントが多いように見えたけど、なかにはやっぱり、「もう更年期の歳でしょ?」、「妊娠って42歳までじゃなきゃ、まず無理でしょ。」とか「この歳での妊娠は無理と承知で結婚したんじゃないの?」とか、厳しいコメントも多々見受けられた。読んでいるうちに、いつの間にか、自分に向かって言われているような息苦しさを覚えた。一番印象的だったのは、「羽鳥アナの後妻は43歳で産んだらしいよ」っていうコメント。えっ、だから何?!  私も今月、43歳で産もうとしてますよ。43歳で産むのは、羽鳥アナの奥さんに限った特別のことじゃありません!!、と。治療経験の有無や、治療を考えたことのある人とない人とでは、だいぶ捉え方が違うんだなぁ、って改めて実感した。今思えば、私も、無意識のうちに、自分の不妊治療はすべての人に理解してもらえることではないという気持ちがあったから、治療していることをオープンにしてこなかったんだと思う。今の世の中、女性にはいろんな生き方があって、選択肢も増えてきた。だからこそ、みんなすごく悩むし、迷う。どの道が正解という答えがあるわけじゃないから、どんな道を選んだ人のことも尊重できる自分でありたい。今回、改めて、そう思いました。
 

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治療を続けてきた日々に支えられ

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西日本の雨がすごいですね。皆さんの住む街は大丈夫ですか??私のほうは、少し前から臨月に入っています。楽しみな気持ち半分、不安半分。いや、、正直言うと、いろんなこと考えちゃって、不安のほうが大きいです。そんなとき、思い出すようにしているのが、不妊治療中のことです。初めて採卵したときのこと。ベッドで自分の順番を待っている間、手術室からはビックリするような悲鳴が聞こえてきました。このクリニックでは、採卵はすべて局所麻酔で行われていたので、そんなにひどい痛みを想像していなくて、ものすごく怖気づいたことを良く覚えています。で、自分の番。この時の採卵数は17個。麻酔は完全には効いてないみたいで、痛くて、長くて、それでも歯を食いしばって。そしたら、終わったとき、婦長さんが声をかけてくれた。「さんちゃん、あなた、痛みにとっても強いのね。よく頑張ったわ。」って。これ、ささやかながら、私の勲章、笑。治療中のひとの気持ちは本当に強いと思う。身体的な痛みだけじゃなくて、精神的にも参ってしまう場面はいっぱいあるけど、それでも、また立ち上がって前を向いて。それが、いざ出産を目前にした自分の気持ちはどうだろう。痛みに対する恐怖、無事に出産できるかの不安、健康な子が生まれるだろうかという懸念。先がわからないまま2年半の治療を頑張ってきた自分に顔向けできないような臆病な気持ちが生まれています。いかん、いかーーん!!あの頃の自分に叱られそう。どーんと構えてその時を待たなくちゃ。もう少し、あと少しです。

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