サクラ咲け!!41歳、妊活リスタート。

稽留流産からの再出発妊活日記。稽留流産の10ヵ月後、2度目の稽留流産を経験しました。スタート地点に出戻ること2回目。歳は42歳になって、再再出発しています。

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出産翌日に告げられた病名

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明るい光に包まれて、とても穏やかな気持ちで迎えた朝。深刻な顏で看護師さんがやってきた。ニコニコとついていくと、「えっ、さんちゃん、そんなに元気なんですか?歩けないかと思ったんですけど。」と驚く看護師さん。そうね、たしかに帝王切開するとみんなすぐは歩けないとか聞いたことがあるけど、、。それにしても、看護師さんがいやに驚いてる。なんなんだ?麻酔がまだ効いていたのか、気持ちが高揚していたのか、今思い返しても、この時はまだふつうに元気でした。診察室に入ると担当の先生から、術後の血液検査の結果があまりよくないようなことが簡単に説明され、その後、内診がありました。そして、また何度も「身体はなんともないですか?フラフラするとか、お腹がいたいとか?」と訊かれます。「どこも痛くないです、元気です!」とまたニコニコと応えます。子宮に溜まっていた血液の塊を取り除きました、というような説明を受けて、みんなの不思議そうな顔をよそに、またスタスタ歩いて病室に戻りました。続けて病室にやってきたのは、手術の執刀医。「あ、先生、昨日はお世話になりました!」と挨拶したところ、これまた深刻な顔つきの先生。「お身体のことは聞いていますか?不完全ですが、HELLP症候群の症状に近いです。このHELLP症候群というのは、まずHはなんとかかんとかの頭文字で、次のEはなんとかかんとか、でLは、、、」先生が、とても丁寧に説明してくれるのですが、全然頭に入らず、耳に残ったのは、「これはご高齢によるものと思われます。」のひと言だけ。先生が部屋を出て行ったあと、猛烈な勢いで、スマホで「HELLP症候群」を検索。死亡することもあるって、、。噓でしょ、、。先生の「ご高齢によるもの。」のひと言が頭の中をこだまします。

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出産

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「見てあげてください。元気に生まれましたよ。」産声を聞いてからほどなく、看護師さんが、自分の顏のすぐそばに、赤ちゃんを連れてきた。ホッとした。今振り返っても、この瞬間は喜びよりも、深い深い安堵の気持ちが大きかった。不妊治療のクリニックを最初に訪れたのは2015年の夏。それから3年。この間、ずっと何か重たい物を背負ったような気持ちでいた。通院や日々の注射のストレス、先行きの見えない不安、積みあがっていく治療費。その重たい気持ちは流産を経験するたびに、より重たくなっていたのかもしれない。お酒を飲んでも、旅行をしても、友達とおしゃべりしても、いつも頭の隅に治療のことがありました。みんながみんなそうじゃないと思う。きっとこれは自分の性格なんだと思います。妊娠してからでさえ、過去2回の流産を思い出し、赤ちゃん服を用意するのが怖かった。だから、目の前に赤ちゃんが現れて、ようやく肩の荷が下りたようなそんな気持ちになりました。「ここからは、ゆっくりお休みいただくために全身麻酔にしますね。」先生のこの声を聞いてからのひと眠りは、これまでで一番安心しきった心地良い眠りだったように思います。まさかその後、自分の身に思いもよらぬ事態が起きるとは思いもせずに…。

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陣痛開始から16時間が経ったとき

 

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約束の午前9時が過ぎた。陣痛開始から16時間。もう痛みも苦しみも限界だーーー!!午前9時20分。ようやく扉が開いた。当直医だけじゃない、女性のドクターと年配のドクターが一緒。まず、女性のドクターがやってきて名前を名乗り、内診を始めた。どうやら、これまでの当直医よりは先輩の様子。で、1時間前の当直医と同じことを言った。「んーー、鉗子分娩するにしても、もう少し頭が降りてこないと・・。」と。鉗子分娩っていうのは、器具を使って、胎児の頭を挟んで引っ張りだす分娩の仕方のこと。もう、絶望的な気持ちになった。1時間がんばっても何も変わっていないじゃないか。女性医師に向かって言った。「あの、さっきからずーーーっと、あとちょっとって言われてるんです。」と。女性医師は、「そうですよね。お気持ちすごくよくわかります。」と応え、年配のドクターの顏を見た。年配のドクターが前に出てきて、自分が産婦人科の責任者であることを告げて、改めて内診を実施。内診後、数秒考えた様子で、その後、こう言った。「正直、すごく判断が難しいところです。ホントにあと少しのところまで降りてきているのは確かです。でも、もう子宮口が全開してからのだいぶ時間が経っています。帝王切開にしましょう。」と。

ホッとした。やっと、やっと前進する。心配している母から、何度も何度も着信があったので、ここでようやく折り返した。

さんちゃん:「お母さん、あのね・・」

さんちゃん母:「どうした?生まれた??」

さんちゃん:「うんう、まだ生まれてないの。あのね、先生が、もう帝王切開にしましょうって。いいよね、帝王切開で。ここまで、頑張ったんだけどね。。」

さんちゃん母:「うんうん、よく頑張ったよ。いいよいいよ、帝王切開でいいんだよ。ここまでも頑張ったけど、ここから、もうあとひと頑張りだよ。頑張りなさい。」

母の声を聞いたら、不思議とホッとして、なんだか赦された気持ちになった。決して自然分娩に固執していたわけではなかったけど、どこかで「ここまで、こんなに頑張ったのに?」という納得のいかない気持ちと、自然に産めなかった自分を情けなく思う気持ちがあったんだと思う。それが母の言葉で、すーっと消えていった。

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夜明けの3者協議

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朝8時。この時間になると眠気もでてきて、目もうつろ。もう本当に頭が朦朧とした状況になっている。また当直医がやってきた。それまでにも1度内診して、いよいよと思わせておいての、「あと少しですね。」と放置されていた。で、今回は、、、

若手当直医:「さんちゃん、ご相談があります。」(←今さら、おもむろに)

若手当直医:「先程から、胎児の頭があと少しのところで止まっています。なので、お産を促進させるために、再度、陣痛促進剤を投与しませんか。陣痛の感覚が狭まって、お産が進みますから。あと少し下りてくれば、鉗子分娩などの方法もあるので、なんとかして取り出せます。促進剤が嫌でしたら、このまま、また数時間いきんでもらってもいいんですけどね。それだとお昼くらいまでかかってしまいます。促進剤さえ使えば、あと1時間ですから。それでもダメなら最後は帝王切開っていう方法もあります。」

さんちゃん:「あの、さっきから、ずっと、あと少し、あと少しって言って、全然状況が変わらないじゃないですか。もう帝王切開でいいと思うんですけど。」

若手当直医:「えっ?今、このタイミングで帝王切開を選ぶんですか?さんちゃんは、自然分娩を希望してるんですよね?ここまで10時間以上がんばってきて、ホントにあと少しなんですよ。(何言っちゃってるの、という表情)」

さんちゃん:「ああ゛あ゛あ゛あ゛、うう゛う゛う゛う゛」(陣痛のため悶絶)、あのですね、自然分娩にこだわっているわけではないんですよ。私は赤ちゃんを安全に無事に産むことが一番大事だと思っているんですよ。」

さんちゃん:「(夫に向かって)ね?もう帝王切開でいいよね?」

さんちゃん夫:「(先生に向かって)母体にとっては自然分娩の方がいいんですよね?」

さんちゃん(心の声):「おいおいおいおい、何言うてんねん。ここは帝王切開に同意するとこでしょーー。」

若手当直医:「はい、開腹するより、自然分娩の方が母体にとっては負担が少ないです。」

 はい、オワッタ。2対1みたいになって、あと1時間、陣痛促進剤を投与しながら、再び陣痛と闘うことが決まった。「ああ゛あ゛あ゛あ゛、うう゛う゛う゛う゛」、あと1時間だけ、1時間だけ頑張ろう、頑張らなきゃ。。

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いよいよ出産だと確信した時

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周りが騒がしくなってきた。眠いせいか、痛いせいか意識が朦朧としている。でも、気づいたら、助産師さんと私と夫の3人しかいなかった部屋に何人もの人の気配。誰かが、「赤ちゃん苦しくなりますから、酸素マスクしますよー。」と言って、私の頭に酸素マスクをセットしてる。そして、別の誰かが、「赤ちゃんの手に付けるバンドですよ。氏名に間違いがないか確認してください。」と言って、ピンク色のバンドを見せてくる。熱いお湯が注がれている音がする。あ、音だけなのに、「熱いお湯」って思ったの可笑しいですね。でも、その時、そう思ったんです。あー、出てくる赤ちゃんを熱いお風呂に入れるんだなーって。。夕方から付きっきりの助産師さんが、いつの間にか、ピンク色の作業着から、ブルーの手術着に着替えてる。なんか、もう頭がボーっとしていて、あんまり目も開けていられないんだけど、ザワザワと部屋がいい感じの緊張感を持ってきたのがわかる。あー、いよいよなんだ。とうとう産むんだ。このあたりで、また当直のドクター登場。内診。さぁ、いよいよだ。やっとこの悶絶する痛みからも解放される!…と思ったら、「うーーん、まだ胎児の頭の位置が高いな。もうちょっと様子見よう」って。えっ、、、ここまで盛り上げといて、そんなことってあるのーー?! 

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ごめんなさい、陣痛を甘くみてました・・。

 

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「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」「うう゛う゛う゛う゛う゛」。陣痛の大変さは、いろんな話を聞いていた。でも、自分は痛みに強い、そう思ってた。だから、ちょっとやそっとの痛みじゃ、驚かないって。それが・・・。夕方、なんとなく生理痛のように始まった陣痛は真夜中には激痛に。なんだろ、生理痛なんてレベルじゃない。声なんて絶対出さないって思ってたのに、気付いたら、もう、恐ろしい化け物みたいな声が、苦笑。「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」「うう゛う゛う゛う゛う゛」。自分でも、なんだ、このうめき声は、と思いながらも、止められなかった。で、気付いたら、痛みの波に合わせて、手すりについてるゴムの部分を、雑巾のように絞ってました。陣痛が3,4時間続いた頃でしょうか。助産師さんが、「子宮口4cmくらいまで開いてきましたよ。」って。おいおい、3cmが4cmになっただけかいっ。激痛と闘いながらも、思わずツッコミたかった。だって、10cm開かなきゃいけないのに、まだ4cmって。そんなこんなで、夜中3時頃だったかなぁ。子宮口が9cm開きましたーて言われたの。で、ここで当直のドクターが登場。おぉお、やっと陣痛との闘いもこれで終わりか。いよいよ出産か!!期待の高まる中、内診したドクターが言います。「うーーん、まだ胎児の頭の位置が高いなぁ」と。で、「もうちょっと下に降りてくるまで待ちましょう。」と。ええぇーーー、まだダメなの?! まだ、この痛みを堪えるのー?!泣きたい気持ちで、また「ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」「うう゛う゛う゛う゛う゛」を続けます。。

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いよいよ、陣痛誘発剤の点滴開始!

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病院の朝は早い。朝7時になる前に、シャワーを浴びるように言われ、それからLDR室へ移動しました。LDRとは、Labor Delivery Recovery の略で、陣痛→分娩→回復 が同じ部屋でできる部屋のことです。前日のラミナリアの効果で、この時点で子宮口は3cm開いた状態。お産のためには、これが10cmまで開かないといけません。3cm開いた状態といっても、感覚的には痛くもかゆくもなく、普通どおり。この状態で、LDR室で、陣痛誘発剤の点滴が始まります。最初は、ゆっくり、少量から。ポタ、、ポタ。。点滴は進むけど、陣痛はいっこうにやってこず。。お昼頃、見舞いにやってきた母も、私の普段と変わらない様子をみて、拍子抜け。その後、助産師さんに、「陣痛を呼ぶために、運動しましょう!」と言われ、点滴を引きずって、LDR室の前の廊下でウォーキングを開始。助産師さんに、「さんちゃんは、フルマラソンとか出てるんですって?!」とすっかり調子に乗せられ、妙に張り切っちゃいました。足を高々と上げて廊下を何往復も。お部屋にバランスボールも用意されました。が、しかし、、夕方になっても体調は何も変わらず。主治医の先生は「この様子だと今晩は陣痛来ないようですね。では、また明日ー。」とここで退勤。刻々と時間だけが過ぎ、助産師さんに、このままだと、また「分娩待機室」に戻るように言われる。いやだ、あの他人の悲鳴が聞こえる大部屋には戻りたくないーーー。焦る。なんで、なんで陣痛来ないのーーーぉ、泣。そうこうしているうちに、仕事を終えた夫が登場。で、夫とともに、とうとう、やってきました。陣痛!!

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