サクラ咲け!!41歳、妊活リスタート。

稽留流産からの再出発妊活日記。稽留流産の10ヵ月後、2度目の稽留流産を経験しました。スタート地点に出戻ること2回目。歳は42歳になって、再再出発しています。

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あの日を越えた日

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ほっとして涙が溢れた。狭い更衣室、タイツを履きながら泣いてる自分が鏡に写った。滑稽な姿で、ちょっと可笑しくなった。
この1週間は、ホントに長く感じられました。診察の日までの日数を指折り数えて暮らしてた。いつも、なんでも、流産した昨年と比べずにはいられなかった。あの頃は、もっと気持ち悪かったなぁ、とか、あの頃の胎芽のサイズは何㎜だったなぁ、とか。だけど、とうとうその日がやってきた。それは、8週3日、昨年、稽留流産した時に、あの子が空に帰っていった日。あれから1年半。同じ8週3日がやってきた。朝起きた瞬間、身体が軽く感じられた。あれ、調子が良すぎるような気がする。胸の張りも少ない気がする。そんな気がし始めるともう止まらない。あー、やっぱり今回もダメなの?いなくなっちゃったの?こういうときの自分の想像力は無駄に無限大。一日中、落ち着かない気持ちで過ごす。
明けて8週4日、クリニックでの診察の日。今回は敢えて、8週3日の翌日に診察の予約をいれてあった。今までで1番緊張して診察台に座る。エコーの機械が入る。「赤ちゃん、元気ですよー。」の先生の声。続けて、心音。ドクドクと力強い鼓動が聞こえてくる。あー、生きてる!生きてるんだ。とうとうあの日のあの子の先を行く日がやってきた。安心感がこみ上げる。比較する過去の記録も記憶も、もうない。
 

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流産の不安のなかでも、忘れてはいけないことがあった!

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 ずっと流産が怖くて、せめて、昨年流産した8週3日、これを越えたら、家族や親しい人には妊娠したことを明かそう。産院も予約しよう。そう思ってたけど、7週の診察で、看護師さんに言われました。「そのお気持ちは、よーくわかります。けど、希望の産院決めてあるなら、早目に予約だけでも入れないと、分娩予約埋まっちゃいますよ。」って。あーー、そうか、そうなのか。私は、妊娠継続にすべての神経を集中しちゃってて、産院予約までまったく頭が回ってなかった。昨年は、産院デビューのその日に産院で稽留流産が告げられた。だから、正直、産院に行くのが怖いというか、予約を躊躇しちゃう気持ちがあったのも事実。無意識のうちに後回しにしてた。そうか、そうか、と早速、帰りの電車で産院のHPを検索。昨年と同じ産院にお世話になると決めていた。で、その結果、、、なんと!「7月までの分娩予約は終了しています」の案内が。えーーー、大失敗。みんなそんなに予約早いの、焦⁈ 今、治療中のすべての人にアドバイスしたいです。着床したら、流産の恐怖に怯える前に産院へ!!胎芽の大きさが標準より小さいと、ブログにつらつらと不安を吐露している暇があったら、今スグ、産院へお電話をー!!
 

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43歳の誕生日に気づいたこと

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不安だ、不安だ、とネガティヴな記事ばかり書いているので、今日は違うお話。よく治療は夫婦二人三脚で、なんて聞きますが、みんなのところはどんな感じですか?うちの夫は、きっと協力的なほうだと思います。休日の診察は必ず一緒に行くし、自己注射は毎日、全部打ってくれる。でもね、、言葉が少ないんですよー。普段から口数が少ないひとで。だから、最近は、そろそろ限界だなぁと思ってるのか、はたまた、まだまだ頑張ろう!と思っているのか、治療に対してどんな風に考えているのか、いまひとつわからなかった。淡々と治療を見守ってるって感じで。でも、先日43歳の誕生日を迎え、もらったバースデーカードを読んで、初めて知りました。あぁ、この2年半、いろいろ感じてることは、あったんだなぁって。例えば、私が仕事と通院の板挟みについて愚痴をこぼした時かもしれない。私が、出張用のスーツケースに大量の自己注射を黙々と詰めてる時かもしれない。注射跡のアザでもう真っ青になっているお尻に注射針を刺す瞬間かもしれない。夫はいつも黙ってた。発する言葉は、自己注射講習で習った「しびれはありませんか?」だけ、笑。言葉は確かに少なかった。でも、そんないろんな瞬間に、ずっと、いろんな思いを共有してたことが、今、やっと伝わってきた。カードに、「今まで治療を続けてきてくれて、ありがとう」って、書いてあったから。
 

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ちっとも消えていかない不安な気持ち

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先生: はい、次、心拍数みますねー。
先生: えーっと、、、んー、はい、順調です。
さんちゃん心の声: えっ?ちょっ。なに?今、順調ですって言う前に0コンマ2秒くらい、変な間があったよね?ありましたよね?!
さんちゃん: 先生、ホントに大丈夫ですか?
先生:(まっすぐ目を見て)はい、大丈夫です。
6週2日のことです。チカチカと心拍が見えて感激したのは一瞬で、先生の言葉の変な間に過敏に反応して、今度は、その心拍の速さが遅いんじゃないかと気になった。待合室に戻ってすぐ、検索開始。先生は大丈夫って言ってるのに、ほとんど病的な不安感。見つけた!6週の胎芽の心拍数は110-140との情報。私の赤ちゃんは?急いで、待合室の他の誰にも見えないよう、バッグのなかでエコー写真を確認する。「111」。うおーっっ、なんとキワドイ。最低数と1しか変わらん。顔が固まったまま、今度は胎芽の大きさも比較する。調べたところ、標準は4mm-8mm。私の赤ちゃんは?「4.2mm」、うおおーっつ、これまたキワドイ。そうか、これが先生のコメントに変な間があった要因だな。そうに違いない!…と決めつける。あーー、もう、不安だぁ、不安だぁ、、。夫は言う。「ちゃんと成長してるんだし、今、心配したって出来ることは何もないんだから落ち着いて」と。はい、おっしゃる通りですよ。でも、止まらないんです、この大丈夫かなぁ、大丈夫かなぁ、の不安な気持ちが。早く、もう一刻も早く、次の診察日になってほしいです。朝が来ても夜が来ても、もう毎日毎日、次の診察日を迎えるために生きてるみたいになってます。
 

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流産の影に怯える日々

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「どうして?転んだの?どうして?どうしてなの?」、初めての妊娠で流産を報告した時の母。私は、激しく泣き、嗚咽しながら、やっとのことで、赤ちゃんは8週で成長が止まってしまったこと、染色体異常でそういうことがおこること、後日、手術が必要になったことを電話で、母に伝えた。いつもどっしりとした母があんなにも動揺している様子を見たのは初めてだった。陽性判定を受けてから、何度も何度もこのシーンを、はっきりと、まるで映像のように思い出してしまいます。もう1年半も前のことなのに。2度の流産の経験は、ここまで人を臆病にさせるんだと、今、強く実感しています。また同じことが起きるんじゃないかと、怖くて。だから、陽性判定のことは、いまだに、このブログを読んでくれている方にしかお伝えしていないです。着床するまでは、着床しないことへの不安に襲われ、着床したら今度は、それを失うことへの恐怖に苛まれる。一瞬で時が過ぎて、出産の日になってくれれば、どんなに心穏やかになるだろうかと思ってしまいます。次の診察までがとても長く感じられます。みんな、そんなものなのかなぁ。次は、胎芽の確認のための診察です。また、その様子、報告します。あー、その時は、どうか、どうか、「順調です」と明るい報告ができますように。。
 

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先生に着床した理由を訊いてみた

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判定日の先生の診察は淡々としていました。hcgの値が十分でていること、不育症対策でこの日からヘパリンを開始すること、黄体ホルモン注射も引き続き打ち続けること、10週目から産院に移ること等々を説明され、「では、以上です。」って。ちーょっと待った――――っ!!これだけは訊かせてください。教えてください。「先生っ!!どうして今回に限って、着床したんでしょうか。前回も前々回も、同じように選び抜かれた良い胚を移植したのにhcgはゼロ。なのに、なんで今回はうまくいったんでしょうか?」これは、素朴な疑問でもあったし、このブログを読んでくれている方にとっても、何かしらヒントになる情報が得られるかもしれない、と思って。自分なりに、これまでと違ったうまくいった要因をいろいろ考えました。例えば、、

・移植当日から打っていたヘパリンを止めた

・SEET法を止めた

・前のクリニックと同じD20を移植日にしてもらった

・エストロゲンと黄体ホルモンの薬を、前のクリニックと同じにしてもらった

G-CSF法を取り入れた(詳細は過去ブログ↓)

・移植周期に入って1日も休まず30分間のジョギングを継続した

パッと思いつくだけでも、これだけ前周期と違う。きっとこの中のどれかが、大きく影響したんじゃないかと思って。さぁ、どれ?どれのおかげ??先生の顏を覗きこみました。先生は2秒くらい黙って考えて、それからこう応えました。「それは、受精卵の力だと思います。」って。えっ、そこ?それ?最先端の治療に取り組んでいるクリニックのようでいて、その答えかー、なんか力抜けたわー、と肩透かしをくらったような気持ちになりました。でも、帰りの電車のなかで考え直しました。たくさんの薬や注射や検査を提案してくれていた先生ですら、根っこの部分では、本来、人間の身体が自然に持つ力が最終決定をしていて、それにはどんな治療の力も及ばないって考えているんだなぁ、と思って。先生、深イイ回答、ありがとうございました!

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ブログが繋ぐ同志の想い

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「高齢だけど、流産したけど、それでも、ちゃんと出産できたよ」という記録を残して、いつかそれを読んでくれるひとの励みになりたい。そう思ったのが、このブログを始めたきっかけでした。翌年に2度目の流産まで経験したのは想定外でしたが。。だから、この時点で、何人もの方から、祝福や、自分自身の治療に対しても前向きになれたという趣旨のコメントをもらって、もう、それは、それは、嬉しくて。泣けてきました。あー、1年半、ブログ続けてきて良かったーと。かなり暗い記事を書いた日もあるし、醜い気持ちを書いた日もあった。それでも、読んでいてくれてた人がいた。治療のこと、誰にも話してなかったから、このブログだけが唯一のはけ口みたいなところがあって、2度目の流産したときなんて、ここで、どれだけ励まされたかわからない。今回だって、着床したこと、まだ、誰にも打ち明けていないから、おめでとうって言ってくれたのは、今のところ、クリニックの看護師さんと、ブログを読んでくれているみんなだけ、笑。顔も合わせたことのない方が、自分のことのように喜んでくれて、こんなにもありがたいことはありません。治療をしている間は、正直、孤独を感じることも多い。それでも、このブログを通して、応援してくれている人がいる、同じ年代で、同じ願いを持ってがんばっている人がいるって知ることができました。まだ、ようやく胎嚢が確認できたところですが、このまま、ずっと、出産報告の記事まで書き続けられることを願うばかりです。

 

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